[高等部通信5月号]学園長より~可能性の扉~4

2020年5月25日

4、家庭学習をスムーズに進めるための学習支援

 

前回記述させていただいたことですが、学習のつまずきは、読む、書く、聞くなど、情報を処理する認知の偏りに起因しています。「読む・書く」に苦手さがある人は、問題文や文章などを読んで、設問に応じた答えを解答欄に筆記することは困難を極める行為です。中学生時代の学力考査の前に提出を義務づけられている教科書ワークは、たとえ答えを写すだけだとしても、解答を書き写すだけで他の勉強は手につかない人が多いと思います。

 

このような人の場合、ワーキングメモリに原因があることが考えられ、ワーキングメモリとは、情報を一時的に記憶・処理する能力であり、そのための必要な頭の中のメモ帳の役割をしている機能です。

 

マンツーマンの学習においては、一人ひとりの感覚的な偏りや情報を処理する認知力の凸凹を把握できれば、どのような覚え方なら記憶し処理しやすいのか、どのような課題を提示したら課題に取り組みやすくなるのか、どのように問題や課題のプリントを工夫したら解答欄に答えが書きやすくなるのかなどを考えれば、課題や問題に取り組めるようになることは不可能なことではありません。今回は新型コロナウイル感染症の拡大防止対策として全国の公立学校に休校要請が出されて、4月に入って家庭での学習が余儀なくされている状況だからこそ、家庭での課題学習を苦手とするお子様にワーキングメモリと学習との関係性や家庭学習の無理のない進め方をお話ししたいと思います。

 

(1)学習における記憶力について

まずは学習における記憶から説明します。視覚、聴覚、いわゆる目や耳などの五感から入ってく情報がほんの数秒間だけ記憶として保持されます。この感覚記憶のなかで興味や関心があることや自分の中で意味のあることだと選択された記憶が短期記憶として残ります。感覚記憶よりも少し長い数秒間から数分程度保持される記憶が短期記憶です。

 

短期記憶を「長期記憶」にする過程があります。長期記憶へとつなげるためには反復学習が必要です。勉強で学んだことを何度も繰り返し、復習するわけです

短期貯蔵庫に一時保存された情報を繰り返し復唱して記憶を強化する過程がこれにあたります。勉強の得意な生徒で、試験の得点も取れるお子様は、単に「記憶力がいい」「頭がいい」のではなくこの復習が苦労なく行うことのできるお子様です。

 

これに相当する心理学用語に、「リハーサル」という言葉があります。リハーサルとは、『短期記憶の忘却を防いだり、長期記憶に転送したりするために、記憶するべきことを何度も唱えること』とされています。短期記憶の貯蔵庫で、頭の中で情報を復唱する「リハーサル」を繰り返し行っていると、その中の幾つかの情報が長期記憶の貯蔵庫へと転送されていきます。リハーサルの回数が多いもの、選択的注意の程度が大きいもの(印象が強烈なもの)ほど、重要なものとして短期記憶から長期記憶へと定着する可能性が高くなります。

 

記憶や空間学習に関わる脳の器官である海馬に情報が転送されます。そこでの短期記憶は、諸説ありますが1ヶ月程度保持されるようです。海馬にある記憶は1か月以内に消える危険のある、不安定な状態の記憶です。その間に「生きていく上で必要な情報か否か」という視点から審査を受け、必要と認識された重要情報のみが側頭葉を始めとした大脳皮質へ情報が送られ、本物の記憶(長期記憶)へと移行するようです。

 

受験勉強方法においては、最低でも海馬の段階をクリアして、側頭葉などの大脳皮質に保管しなければ本物になりません。試験に出る漢字が頭に入らない、英単語が覚えられない、と悩んでいるという人は、1か月以内に繰り返さないことが原因です。最初の1か月で何度も繰り返し復習していくことによって、長く忘れない本物の記憶にできるのです。ただ暗記が苦手なお子様には情報の認知およびワーキングメモリの問題があって、興味のあるものや視覚的に具体的なものなどの結びつけないとイメージすることがうまくできない人がいます。そのような人の場合、言葉の音韻だけだと頭に残らず、記憶に結び付けられないことが多いので、授業での理解やテキストからの言語理解ができず、学習することが疎かになってしまう要因になり、自分は勉強が苦手だと思い込み、学習を遠ざけてしまうことが学力不振の原因になっているお子様方が多いように思います。

 

 

(2)学習無気力に至る過程

勉強ができるためには、復習が大切だとして、学習時間を多くとるために勉強部屋に彼らを押しこんで、無理やり課題を押し付けてもおそらく、部屋から逃げ出してしまうか、漫画やゲーム、落書きなどに没頭して以降に勉強が進まないでしょう。居眠りをしてしまうお子様もいるでしょう。

 

冒頭にお話ししたように認知面のつまずきや微細運動などのつまずきに見られる感覚統合の問題から、板書をノートに書き写すことが遅い、先生の話が頭に入らない、説明を理解して教科書の練習問題が解けない、先生の質問に答えられないなどの授業における困り感が学習意欲を喪失させ、怒られたり、注意されたり、できないことをからかわれたりをきっかけに勉強が投げやりになってきます。同時に自分は勉強が他の子と比べてできないと言う思いからクラスや学校にも自分の居場所がなくなってしまいます。できないことを指摘されて褒められることが少なければこのような状態になるのは当たり前です。

 

自己肯定感が低い子は「勉強すればどうせできない」、「できないことを怒られる」「だから勉強をやってもしょうがない」「勉強をしたくない」「勉強から逃げ出したい」このような思考パターンでますます学力不振のスパイラルにはまってしまいます。このパターン脱出する方法を考える前に塾、家庭教師、保護者が付きっ切りで教える等の強制的に勉強を強いれば彼らはますます勉強をしなくなります。ゲームなど興味あることへの依存度がますます高くなるでしょう。

 

(3)学習意欲を出させるには

このような子の自己肯定感の低いお子様に自信を持たせることは、お子様ができることを把握して、できないことはなぜできないのかを考えていかなければいけません。自分の能力に見合った課題ならば、構造化や環境調整などの工夫でできるようになることは少なくないはずです。構造化や環境調整はあとでお話ししますが、簡単に言うと難しいと感じる課題は避け、できる課題から取り組みできない問題は後回し、集中できる時間を決めてその時間内でできる課題を数多くこなす取り組みをすれば必然的に勉強量が上がってきます。

 

できたことが多くなればその満足感が自信につながります。その時褒められた充実感が自信イコール自己肯定感に直結していきます。また褒められたいから、別の課題をやりたいと思ってくれれば学力は間違いなく向上します。それには認知の偏りを把握して、できない原因を配慮した無理のない課題を用意することが勉強を進めるうえで考えなければいけないことです。まずは環境の整備です。

 

 

(4)学習環境の整備

まず家庭学習に取りかかるまえに家庭のどこで学習させるのかが問題になります。たとえ大きな家の家庭で、お子様が部屋を持っている家庭でも、ゲーム機が散乱していたり、レゴブロックが敷き詰められていたり、漫画が散乱していたりする学習環境では、すぐに集中が途切れてしまいます。高等部でお預かりしているお子様の特徴は、落ち着きがなくすぐに気が散ってしまうところにあります。ほかに気が向いてしまったことを怒り、集中を促し勉強することだけに縛り付けても何の効果もありません。反抗するか、部屋から逃げ出してしまうでしょう。勉強だけをするための部屋にするには、必要のないものは収納するか、ついたてなどで勉強机のまわりを遮断しましょう。カーテンで仕切ることもいいでしょう。その空間はなるべくシンプルにして、勉強道具以外はなるべく無くすようにしましょう。特に目につくところには、スマホや必要なとき以外の電子辞書・PC・タブレットも厳禁です。目の付くところには一日のスケジュール表と今取り組んでいる学習計画表を張ってください。それらについては後で説明します。教材、文具以外ではタイマーの付いた小さな置時計だけで充分です。自分の部屋のない人は、部屋の隅のスペースを家具やついたてで囲むか、それがなければカーペットなどで勉強するスペースを明確にすることが重要です。最もいけないのは人が集まるリビングや食卓などの環境で、人の話や音楽、YouTube、ラジオ、テレビなどを見たり聞いたりしながらの学習です。

 

意識の上でも視覚的にもその場所が学習する環境であるということを明確にする空間の設置が必要です。勉強する場所だけではなく、遊びの場所、感情を落ちつかせる場所と視覚的にもわかる空間があれば尚いいと思います。予定された学習時間と消化する学習課題のタイムスケジュールを目で見てすぐに何をやるべきか、この後何をすればいいかがわかり、どういう手順で実施するかが一目でわかるような学習計画表とスケジュール表を用意するといいでしょう。一日のスケジュール表はイラストや写真などを張り付け活動そのものがすぐに把握できる工夫をしてください。

 

(5)効果的な学習方法

①やるべき問題を限定し、難しいできない問題はやらない

学習課題をすべてやる必要はありません。できる課題にのみ絞って、消化する課題を限定してください。大体一つの課題が飽きの来ない20分程度でできる課題で休憩を挟んで3つの課題ずつ、6課題ぐらいを目安に計画を立ててください。教科で言うと2~3教科が理想です。その中で最近取り組みできるようになった課題を1~2課題、何回か演習することで定着した課題を2~3課題、得意とする自信をもってできる課題が1~2課題を目安に構成し、最後はできる課題をやり切っていい印象で気分よく学習を終わらせることが大切です。次の学習意欲につながってきます。

②読む、書くなど認知のつまずきが起因して対応できない課題はそれを補助する支援を導入する

読むことが苦手な生徒には、文字を大きくする、アンダーラインを読みづらい文に入れる、文章をタブレットのアプリに落とし込み音声化して聞くことで文章を理解する。書くことが苦手な生徒は解答欄を大きくする。解答欄に目安になる縦横の罫線を入れる。解答をパソコンで打ち込むなどの支援を事前に相談し合理的な配慮を申し出る。記述問題はやらず選択問題を中心に取り組む。

 

③スケジュール表で今日やる課題を確認し、始まりと終わりを明確にする。

予定して順番に消化し、一つの課題が終わるごとにスケジュール表で確認し終了に見通しをつける。1課題にかかる時間を前もって決めて置き時計のタイマーをセットしておき、時間内に終わらない難しい課題はやらないようにすると終わりの時間に見通しが立ちやすいです。

 

④多動行動や飽き、注意散漫に対する支援方法

課題に取り組んでいるときに他のことを考えたりやりたくなったら、何がやりたくなったのか書き出させ、終了まで持てないのかを1日のスケジュール表と学習予定表で終了見通しを確認させたうえで課題の優先を納得させる。(簡単な体操や机の上の整理や消しゴムのカスの掃除など代用行動を勧めることも効果的です。)

 

⑤できたことの充実感を体験させ自己肯定感を高める

予定通りの学習が終了したら、そのことを評価し、ご褒美として事前に取り決めた約束を実行してあげる。そのためには課題の選択がとても大事になります。

 

⑥無理のないスモールステップを課題として提示して、毎日の学習をルーティーンワークとし習慣化させる(4)と(5)が実行できれば、繰り返しの反復学習が、家庭学習で学んだ短期記憶をリハーサルさせ、長期記憶として保存され必ず学力として結果がついてくると思います。このことが自信になり自己肯定感の向上及び学習意欲としてつながってきます。

 

保護者の方におきましては、ご家庭でお子様がいることでご負担が何かと多いと思います。特に学習に関しましては、非常に難しいお子様方なのでご苦労されていると思います。少しでもご参考になればとの思いで、今回は発達障害があるお子様の学習方法についてご説明させていただきました。

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