[高等部通信7月号]学園長より~可能性の扉~③-2

2017年8月4日

2日目は、小岩井農場から宮城県の仙台に向かい仙台市天文台を見学しました。小岩井農場ではグループごとに分かれて農場内のオプションを楽しみました。岩木山がかすかに見える曇り空でしたが、乗馬、水上ハムスターやバンジートランポリンなど大自然に抱かれながらのアトラクションにドキドキわくわくしながら、普段経験できないスリルを満喫できたようです。
仙台市天文台のプラネタリウムでは、まるで宇宙を浮遊しているような壮大な錯覚に陥るような感覚にとらわれました。私は、深い宇宙空間で不覚にもブラックフォールにも迷い込み深い眠りについてしまったようでした。(笑い)
夜は、生徒の皆さんで作ったスゴロクでゴールの順位を競い合ったり、ジェンガでハラハラドキドキ歓声を挙げたりしながら、クラスの絆がより強くなっているように思いました。ゲームを興じる中でお互いの個性を理解して、相手を気遣いながらかばい合いながらいつのまにか高いソーシャルスキルを身につけていた生徒一人ひとりの成長に胸が「きゅん」としてしまいました。

3日目は、日本三景の一つである松島湾をフェリーで観光しながら堪能しました。そして最後に東日本大震災で被災した旧荒浜小学校に立ち寄りました。現在、荒浜小学校は震災遺構として保存され、説明していただいたガイドさんが校舎に在中しています。校舎の被害状況や被災直後の様子を伝える写真などから、荒浜小学校を襲った津波の脅威を知ることができます。またガイドの人からの説明で荒浜小学校における、地震発生から避難、津波の襲来、そして救助されるまでの経過を写真や映像で説明していただき、当時の様子を振り返るとともに、災害の備えについて学ぶことができました。また、荒浜地区の歴史や文化、荒浜小学校の思い出などもお話ししていただきました。小学校のベランダの鉄柵がよじれ、切断されている状況を津波の水圧のみならず、一緒に流されてきた家屋の瓦礫や鉄線、車などが、非常に速いスピードで津波とともにぶつかってくる様子を話していただき、なぜこのように校舎が破壊されたのかを知ることができました。津波は、4階まである校舎の2階のかなり深くまで達したようでした。生徒の皆さんが屋上に避難したことで命が救われたとのことでした。もし避難場所が体育館だったら、救命が困難であったことを知らされました。そのお話を聞いて泣き出す生徒もいました。
 7年前の自然災害の惨状を一人ひとりが、自分のこととして受け止めてほしいと思っています。現在復興の最中である東北地方および日本の再建を担うのは、来年、卒業を控える皆さんの世代であることは間違いありません。東北地方を旅先として選んだ理由のひとつとして、皆さんに地震・津波での傷跡が癒えない荒浜海岸の状況や震災に見舞われた町並みを見てほしかったからです。津波で跡形もなくなった市街地の被災した景観を見て子どもたちは言葉を失っていました。小学校の窓から見える海の方向に立ち並ぶ石碑・石仏や新しい墓石を見て胸が締め付けられる思いがしました。今後の復興を担う子どもたちに、被災地の現状を見てもらうことが今回の修学旅行の大きな意義でした。

いままでゆっくり話す機会がなかった生徒の皆さんと温泉の湯船につかりながらゆっくり話ができたことが、私にとっても非常に意味のある修学旅行でした。

修学旅行は皆さんが今まで社会に出るために培ったソーシャルスキルを試すための集大成であると思ってください。規律を重んじた行動や他者を気遣うことのできる思いやりある行動が3年間学びを共にしたクラスメートとともに実践することが大きな課題となります。この修学旅行を、いつまでも皆さんの大切な友達として付き合い続けることになるクラスの仲間と一生の大事な思い出として残してください。修学旅行で経験した一瞬、一瞬がみんなの宝物です。決してなくさないように、心のポケットに大切にしまっておいてください。自然学園に入学してよかったと思えるような修学旅行になったことを期待しています。

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