バンブー教室:バンブーだより9月号 学園長ブログ~可能性のとびら~-3
2024年9月23日
3, ワーキングメモリについて
バンブー教室のお子様方の学習のつまずきは、読む、書く、聞くなど、情報を処理する認知の偏りに起因しています。視覚的な機能や聴覚的な機能が弱いことではありません。一般の人には気付くことができない、人には見えないつまずきが起因しているのです。読むことに苦手さがある、書くことの苦手さがある人は、宿題などは到底できないでしょう。「読む・書く」に苦手さがある人は、問題文や文章などを読んで、設問に応じた答えを解答欄に筆記することは困難を極める行為であり、課題とされる項目が「わかる、わからない」、「理解できる、できない」以前の問題です。中学生が、学力考査の前に提出を義務づけられている教科書ワークは、たとえ答えを写すだけだとしても、解答を書き写すだけで他の勉強は手につかない人が多いと思います。
このような人の場合、ワーキングメモリに原因があることが考えられます。ワーキングメモリとは、情報を一時的に記憶・処理する能力であり、そのための必要な頭の中のメモ帳の役割をしている機能です。たとえば授業で、先生が黒板を使って説明を行う際も、その文字を自分のノートに書き写すには、一度頭の中のメモ帳に板書にある文字や記号を記録して、ノートにその文字や記号を書き写します。文字や記号の形状や位置的な情報の記憶が書き写す行為の処理として必要になります。その際の頭の中のメモ帳がワーキングメモリなのです。足し算や引き算など計算の際には、数字を一度頭の中のメモ帳に記憶させ、計算のルール・手順にもとづいて解法し、処理されたその数字を答えとして解答欄に記入するのです。文章読解も前に書いてある事柄や登場人物の行動や発言した言葉の記憶がないと、文章が先にすすんだ時に書かれている内容を理解することができなくなります。その際も前に書かれている文章の事柄を一度頭の中のメモ帳に残し、登場人物の行動や発言を時間軸に沿って処理するワーキングメモリが不可欠です。
このことからもわかるとおり、一人ひとりの感覚的な偏りや情報を処理する認知力の凸凹を把握できれば、どのような覚え方なら記憶し処理しやすいのか、どのような課題を提示したら課題に取り組みやすくなるのか、どのように問題や課題のプリントを工夫したら解答欄に答えが書きやすくなるのか、などを工夫して課題や問題に取り組めるようになることは不可能なことではありません。
視覚、聴覚、いわゆる目や耳などの五感から入ってくる情報がほんの数秒間だけ記憶として保持されます。このような記憶はすぐ消去されてしまいます。このような記憶が感覚記憶と言われています。この感覚記憶のなかで興味や関心があることや自分の中で意味のあることだと選択された記憶が短期記憶として残ります。感覚記憶よりも少し長い数秒間から数分程度保持される記憶が短期記憶です。短期記憶を「長期記憶」にする過程があります。長期記憶へとつなげるためには反復学習が必要です。勉強で学んだことを何度も繰り返し、復習するわけです。短期貯蔵庫に一時保存された情報を繰り返し復唱して記憶を強化する過程がこれにあたります。
これに相当する心理学用語に「リハーサル」という言葉が用いられます。リハーサルとは、『短期記憶の忘却を防いだり、長期記憶に転送したりするために記憶するべきことを何度も唱えること』とされています。
短期記憶の貯蔵庫で、頭の中で情報を復唱する「リハーサル」を繰り返し行っていると、その中の幾つかの情報が長期記憶の貯蔵庫へと転送されていきます。リハーサルの回数が多いもの、選択的注意の程度が大きいもの(印象が強烈なもの)ほど、重要なものとして短期記憶から長期記憶へと定着する可能性が高くなります。
海馬に転送された短期記憶は、諸説ありますが1ヶ月程度保持されるようです。海馬にある記憶は、1か月以内に消える危険のある不安定な状態の記憶です。その間に「生きていく上で必要な情報か否か」という視点から審査を受け、必要と認識された重要情報のみが側頭葉を始めとした大脳皮質へ情報が送られ、本物の記憶(長期記憶)へと移行するようです。
バンブー教室のお子様方で鉄道好きの人は、学校の漢字のお勉強は全くできないのに、駅名の漢字はすぐに覚えてしまう人がいます。自分の興味があるものには、好きな列車の車両の種類やスタイルやデザイン、色彩およびその路線と駅名がイメージとして結びつき鮮明に記憶されるので、駅名の漢字も短期記憶に結び付けやすく、何度も反復して写真や雑誌を見ながら駅名を思い起こすことで駅名の記憶が定着されるのです。
一方、子供たちにとってテスト勉強などの情報は、生命の保存という観点からはなかなか重要という認識を持ちづらいものです。勉強で学習するような興味がなく、印象が薄い知識を定着させるのは容易ではなく、何度も何度も反復して海馬に情報を送り、生存上必要と思わせない限り、情報は長期記憶に移行されず、忘れ去られてしまうことになります。
最低でも海馬の段階をクリアして、側頭葉などの大脳皮質に保管しなければ本物になりません。勉強において試験に出る漢字が頭に入らない、英単語が覚えられないと悩んでいるという人は、1か月以内に繰り返さないことが原因です。最初の1か月で何度も繰り返し復習していくことによって、長く忘れない本物の記憶にできるのです。ただし、興味がなく印象に残りにくい情報を自分のすでに知り得ている知識と結び付けて、情報のイメージをより印象深くして、興味あることとして海馬で処理されることで繰り返し情報が反復され、長期の記憶に保存されることは不可能なことではありません。
ワーキンングメモリが起因した短期記憶や処理は、言語的短期記憶と言語性ワーキングメモリ、そして視空間的短期記憶と視空間性ワーキングメモリと言う4つの側面の記憶と操作の特徴があるそうです。
数、単語、文章と言った音声などの情報を取り扱う言語の領域のワーキングメモリとして言語的短期記憶は言語の記憶のみ、言語性ワーキングメモリは、記憶と処理に該当するそうです。イメージ、絵、位置などの情報を取り扱う視空間の領域は、視空間的短期記憶は記憶のみ、視空間性ワーキングメモリは記憶と処理に該当するそうです。具体的に言うと言語的短期記憶は、保護者や先生などの口頭などでの指示が入り、行動として実践できる能力に直結しており、言語性ワーキングメモリは、作文や日記などを書くときに、記憶したことを思い出して文章にまとめたり、要点を整理したりする力でいかに読み手に自分の思いや考えを伝えるかの文章力に直結します。人に話をするときの文章の構成も同様の能力が起因すると思います。
また、視空間的短期記憶は、黒板の字をノートに書き写すときに字の形や位置情報などを記憶する力です。この力が弱いと何度も板書の文字を確認してもうまく行や枠に収まらず、スムーズに書き写せない困難さに直結します。漢字も書き順を追って、視覚から認識した漢字を構成するパーツの形や位置情報を記憶し、記憶した書き順に沿った形を組み合わせ構成することで漢字が覚えられるのです。その際の短期記憶が弱いと組み合わせる作業に困難さが生じてきます。
視空間性ワーキングメモリは、算数を学習する基本である「数処理」に関係してきます。「数処理」とは数を聴覚からの音声情報の数詞(いち、にい、さん・・・)として記憶し、数の具体的な量を視空間の記憶としてイメージ的に置き換えることです。イメージとして頭に浮かんだ事物や事象の量を数えることで数と量が一致するのです。これを基数性といいます。言語的短期記憶と空間的な短期記憶が一致できれば、数処理が可能になり、算数の文章問題やグラフ問題を解くことが可能になります。図形の展開図なども平面図を記憶して立体として想像する記憶と処理の力が弱いことから生じる困難さです。このように勉強においても学校生活にワーキングメモリは露骨に関係しています。このことは広島大学の教育学の教授である湯澤正通先生の著書を参考にさせていただいています。
漢字の記憶の場合、視空間的短期記憶の弱い生徒は、書き順を追って何度も漢字を書き写し、視覚から認識した漢字を構成するパーツの形や位置情報を記憶することが困難です。繰り返しの書写は、生徒にとっては「書く」ことの負担も重なり、記憶することまで至らないばかりではなく、学習意欲も減退してきます。その場合、言語的短期記憶で覚えた数詞やカタカナなどの音節文字の字体を想起させて「学ぶ漢字」をイメージさせることで記憶として残りやすくなります。
また部首などの形の表記をことばによってイメージさせて、記憶を助ける覚え方も効果的です。視空間的短期記憶のつまずきを優位な言語的短期記憶で補助することがこのようなつまずきのあるお子様には必要になってきます。文章読解などは、言語性ワーキングメモリの弱さから内容が読み取れない(読み進めると書かれてあることを忘れてしまい整理できず文章理解に結び付かない)お子様にはイラストや写真などと結び付けて文章を読み、内容を整理することで読解の力が上がることが確認できます。このことは、優位な視空間的短期記憶で言語的短期記憶の弱さを補う学習支援であると思います。
算数が苦手なお子様は、先ほどお話しした数処理の音声情報の記憶から、数の具体的な量を視空間の記憶としてイメージ的に置き換えることの困難さを「おはじき」などの具体物を利用し、視覚から認知し、数えることで数処理を補うことができます。文章題なども問題を解決するために必要な視空間性ワーキングメモリの弱さをイラストや図などで、イメージ的に置き換えを補助することが可能です。足し算や掛け算の「ひっ算」で必要とされる繰り上がりや引き算で必要とされる繰り下がりの数を、視空間的短期記憶の弱い生徒は記憶することができず暗算を間違えやすいのです。「ひっ算」の表記に繰り上がりの数を明記する欄を補助することで視空間的短期記憶の弱さを補い、「ひっ算」を間違えづらくする学習支援に結び付きます。