中学部:中学部通信4月号 学園長ブログ~可能性のとびら~-6
2026年5月12日
6,中学部での学習について
発達障害があるお子様が学習面でもその習得に困難さを最初に感じてしまう時期は、ことばの遅れから生じるコミュニケーションの苦手さが「ひらがな」「カタカナ」など習得や数唱からです。このことを数処理と言います。特殊音節が聞き取れないお子様はひらがなで特殊音節を書きとることが不可能です。ワーキングメモリの問題とあわせて視空間の認知が弱く、固有受容覚など感覚統合の問題が重なるとノートの枠に字が収まらず、ひらがなやカタカナがかたちづくれないといったつまずきを生じるお子様がいます。勉強に苦手さを感じている人たちのほとんどが読むこと、書くことに苦手さを感じています。
学力不振のきっかけが、学校の授業に参加できないことから始まるケースは少なくありません。授業に参加できなくなるきっかけの一つとして、板書をノートに書き写すことの苦手さを掲げている人がたくさんいます。板書に苦手さがあれば、書き写すことに集中が削がれて、先生の説明を聞くどころではないでしょう。どんどん先に授業は進んでしまい、まだ書き写し切らないうちに、次のテーマに進むために書き写していた板書の文字を消されてしまいます。そのことの繰り返しが積み重なると、もう勉強なんかどうでもいいと感じている人も少なくないでしょう。
そのような人は、勉強のできない人では決してありません。多くの人は、視空間のワーキングメモリに問題があり、黒板に書かれた文字や記号を頭の中に短期間、記憶しておくことが苦手な人なのです。文字の形状をうまく写しきれず、かたち作れない人は、文字の大きさが揃ってなく、枠にうまく収まられない人がいると思います。文字や記号、数字のかたちを読み取れない人は眼球の運動に問題があることが考えられており、うまく書く作業に苦手さを感じている人は、手先の不器用さに関係する微細運動が、感覚統合の問題で困難さを生じていると考えられています。また、教科書および教科書ワークなどに書かれている文章を書き出すことも苦手です。このようなタイプの人は漢字を覚えることも苦手な人が多いのです。
読むことの苦手な人は、勉強の苦手さに直結します。試験に反映するような知識は、教科書に書かれている知識である言葉を覚えるため、正確に文章を読み取ることができない人は得点に結びつかず勉強が苦手な人と判断されてしまいがちです。
目で追う文字や記号、数字を認識できない人は、やはり眼球運動に問題がある人が多いと思います。このような人は文字を目で追っていると段落を飛ばしてしまったたり、単語を飛ばして読んでしまったりしてしまうことがよくあります。
このようになると、文章を読むこと自体が面倒くさくなり教科書を開くこともしなくなるでしょう。文章の文字や記号などは目で追うことができ、音読はできるものの、文章を読んで内容を理解することが苦手な人もいます。このような人は、言語的ワーキングメモリが弱いため、文章を読みながらセンテンスが変わってしまうと、前に書かれている内容を保持することができないため、長い文章になるほど書かれている内容全体の理解に結び付かないのです。主人公の気持ちの移り変わりなどを読み取ることも困難です。
また、国語の読解問題で抜き出しの解答は、文章な中で見つけることができても、設題の答えを文字制限の字数内でまとめ、書き出すことは非常に困難さを生じてしまいます。作文や人前で相手に伝わるように自分の気持ちを表現することも同様です。このこともワーキングメモリが関係していて、頭に思い浮かんだ答えとなる箇所を短期に記憶して、整理してひとつのセンテンスにまとめる作業は言語的なワーキングメモリが必要となります。
ワーキングメモリは、頭の中のメモ帳と言われており、情報を認知するための短期記憶です。その記憶を保持して処理することで、行動を実行するための大きな役割を果たします。LD(学習障害)傾向の人たちをはじめ、発達障害傾向があり勉強の苦手な人たちはほとんどがワーキングメモリに問題がある人たちです。授業中質問されても答えられない、板書がとれない、宿題ができない、テストの得点が取れない等の負担が重なって苦手な勉強から逃げ出してしまう子どもたちなのです。年齢が上がり思春期近くになれば、他の子どもとの比較の中でのコンプレックスを持つようになり、自分に対しての自信が失われてきます。その不安な気持ちが二次障害につながるのです。
知的には目立った問題のないこのような子どもたちにおいて、勉強につまずく学年が小学校3年生くらいからなのは教科書の内容もありますが、国語の文章も含めて教科書に書かれている文章量や語彙も含めた文章の構成に複雑さが出てくるからです。他の教科も例外ではありません。
授業に関してもこのように「読む、書く」の困難さを持ち合わせている人や講義形式での大勢の人に向かっての先生の話を聞くことの困難さを持ち合わせている人においては、継次処理が求められる講義形式の授業の参加自体に苦手さがあるのです。物事をわかりやすく聴覚的な手がかりや視覚的な手がかりを取り入れながら順序を踏まえて伝え、考え、理解に結び付けることで、それを応用した発展的な処理を可能にするクラスでの授業形式は、継次処理的なアプローチと言えると思います。継次処理は上記のようなつまずきを持った子どもたちには、学年が上がり授業レベルが上がると自分の力だけでは処理できなくなります。
そのことのSOSが落ち着きのなさや離席、おしゃべりなどの多動性、衝動性になって表れてきます。先生にそのSOSを授業妨害として厳しく注意されることで学習意欲が喪失し、発達障害傾向の子どもたちは一度失ったやる気は元に戻らないのです。そして、クラスに居場所を無くし自己肯定感も低くなってしまいます。学習無気力の子どもたちや情緒が混乱して不安を抱えている子どもたちの原因の一つは、このようなことが背景にあるのです。子どもたちがやる気を出すためには、このような見えない彼らの学習のつまずきに気づき、学習におけるつまずきのある子どもたちに得意な「わかり方」を大人が把握することが大切だと思います。教える側の大人が、子どもたちのなぜわからないかが理解できれば、理解できるような教え方や教材、プリントなどを利用した授業を彼らのつまずきに合った学習課題として提供することができます。
そのような指導が実行できれば、かならず興味をもって取り組むことができるようになるでしょう。そのなかにできることが少しずつ増えてくはずです。子どもが学ぶ楽しさや達成感をたくさん経験することが大切になります。
そして最後は、親や学校が勉強を押し付けるのではなく、子どもが自分に合った「学び方」を身につけ、自分の意志で主体的に学習する習慣をつけることが、子どもたちの学習意欲を上げる唯一の近道となるのです。そして、このことは自分で判断し、自分の意志でやってはいけないことややるべきこと物事の善悪を判断できる大人に成長することに繋がっていくのです。





