高等部:高等部通信新学期特別編集号 学園長ブログ~可能性のとびら~-2
2024年9月11日
2、定期講演会の報告『「発達障害の人が企業で働き続けるには」
~求められる価値観とスキル~』講演者:松(まつ)為(い)信雄(のぶお)先生(以下、松為先生)≫
2013年6月30日に初版された『発達障害の子どもと生きる』を拝読させていただき、私は感銘を受け、一度、自然学園の定期講演会でお話ししていただきたいと考えていました。そんな時、東京都ビジネスサービスが主催した障害者の就労支援セミナーのシンポジウムで、私がパネリストとして参加していた際に、松為先生も別のセミナー枠でご参加されることを知り、講演の後に直接声をかけさせていただきました。そこで定期講演会のご依頼をさせていただいたのがきっかけで、今でも関係が続いています。
保護者の方に松為先生が推奨しているのはキャリア教育です。「キャリア」には「ライフキャリア」と「ワークキャリア」があります。ここでいう「キャリア」とは「ライフキャリア」を指しています。「ライフキャリア」とは、職業生活を含む、その人の人生や生き方全体を指し、簡潔に言い換えると「自分らしく生きること」だと仰っています。職場や進路は、個人の持つ能力を発現する場であると考えることができると言います。
松為先生は、今年の8月1日に『キャリア支援に基づく「職業リハビリテーション学」-雇用・就労支援の基盤-』というタイトルの著書を出版されたのですが、ここでいう「職業リハビリテーション学」とは、働くことを通して社会を構成する一員として成長し、それによって生涯にわたって人生の質(QOL)を向上していく過程を支えることも含まれると松為先生は説明しています。
また、この著者で松為先生が主催していた民間法人の「Wing PRO」が独自に作成したキャリア教育プログラムや、いくつかの特別支援学校が作成したキャリア教育プログラムを紹介しているのですが、その中の静岡大学教育学部付属特別支援学校のキャリア教育プログラムは、松為先生が2013年に提唱したセルフマネージメントを向上させる取り組みとして行われています。以前ある教育専門雑誌に掲載されたときもあり、それを読んだ時、学校の教育課程に感銘を受け、職員研修の題材にさせていただいたこともあります。
そして、具体的なキャリア教育におけるキャリア発達に関わる諸能力として「(1)人間関係能力(自他理解能力・コミュニケーション能力)、(2)情報活用能力(情報収集、探索能力・職業理解能力)、(3)将来設計能力(役割把握、認識能力・計画実行能)、(4)意思決定能力(選択能力・課題解決能力)の4領域8能力を掲げていましたが、これらは「基礎的・汎用的能力」とする4領域の(1)人間関係形成・社会形成能力(他者の個性を理解する力、他者に働きかける力・コミュニケーション能力、チームワーク、リーダーシップ能力)と(2)自己理解・自己管理能力(自己の役割の理解、前向きに考える力、自己の動機づけ、忍耐力、ストレスマネジメント、主体的行動力)(3)課題対応能力情報を理解・選択・処理できること、本質を理解して課題の発見と原因の追究できること、そのための計画を立案・実行・評価して改善できること(4)キャリアプランニング能力(学ぶことや働くことの意義や役割、そして社会の多様性について理解しながら、将来の設計と選択そして行動と改善などができるようになること)に書き換えられたとされています。このことは、学校教育におけるキャリア教育の取り組みの基礎となる考え方なのです。
そして松為先生は、働くことに結び付く社会人基礎力は家庭内、家庭外で何らかの社会的な役割を担うなど、その一役を担う社会参加によって身に付き、それは社会人能力として行動力(Action)、自立的に思考する力(Thinking)であり、チームで共同して働く(Teamwork)力の3つの能力であると言っています。指示待ちではなく、自分の意志で行動し、目標を見据えて行動できる力、そのために他者に協力を仰ぐ力とする行動力(Action)、はキャリア意識と結びつき、自分で動機づけを行いながら意思決定していくことが求められます。松為先生は「人間はすべて自分で意思決定しなければいけない」とお話されています。そのためには自己決定のプロセスが大切になると強調されていました。自己決定は、「➀自己決定するためのいくつかの選択肢を考える」「②その選択肢のメリット(自分にとってどう有用なのか)、デメリットを構造化する」「③他者から見た視点ではどうかなのかというバイアスを慎重に取り除いて、さらに選択肢を絞る」「④仮として選択した行動を実行に移し、結果を集計する」「⑤集計結果をもとに新たな課題を把握し、選択肢を確定する」というプロセスを踏んで、最終決定を成すと説明されていました。
松為先生は講演の最後に、企業を支える支援機関の連携として、家族の役割および支援の大切さをお話していました。9時から5時までの会社に拘束される勤務時間、すなわちこの時間帯に「働くこと」を実践するには、その後の私生活の時間帯である残りの夕方5時から翌朝の9時までの時間をどう過ごすかが重要であると仰っています。
この時間帯は家族や様々な支援者の支援を受けながら社会人能力を育む時間帯です。松為先生は、社会人基礎力である職業準備性の階層構造の基盤として健康管理と日常生活管理を挙げています。これらは日常の家庭生活で育まれるものです。家族の協力なしでは成り立たないものです。
そしてこの階層がキャリア教育の基盤、つまり土台となります。この階層の上に苦手な人への挨拶、注意された時の謝罪、および感情コントロールなどの能力を必要とされる対人技能があり、基本的な労働習慣に集結するのです。この基本的な労働習慣は、職場における適応能力であり、職場でのあいさつや身だしなみ、一定時間仕事に耐えられる体力や職務の遵守、報告・連絡・相談いわゆる「報・連・相」などの能力が挙げられます。職場への適応力は、業務の遂行力をより働かせるためには必要なことであり、このような階層の積み上げがなければ企業で働くことは無理だとされています。そしてこの階層の積み上げには、家族や様々な支援者の献身的な支援が必要とされているのです。だからこそ松為先生は、職場での適応力も、夕方の5時から翌朝の9時までの生活が重要だと仰っているのだと思います。
松為先生が提唱される職業準備性の階級構造の低層階層として「健康管理や日常生活管理」があります。体調管理や基本的な生活リズムを習慣化するなど、公教育を通じて社会基盤を作り上げていくキャリア教育の基本となる階層です。やはり、キャリア教育において家庭生活を無視することはできません。その上に、対人技法と基本的労働習慣が高層階層として位置付けられ、階層の頂点に業務遂行能力などの職業適性があるのです。挨拶、言葉遣い等のビジネスマナー、「報連相」、規則厳守は基本的労働習慣であり、対人技法はコミュニケーション力、協調性等になります。これら階層の発達過程において必要な社会人基礎力は、自己理解の上で自分の得意分野を伸ばし不得意分野を改善するための自己啓発と、苦手なことや精神的な不安定さに対するセルフマネージメント、セルフコントロールではないかと考えます。今企業は、個人の能力育成のための個々の社員のキャリア志向に合わせた支援を行う人事施策が求められていて、そのための環境配備や人事配置などの合理的配慮を積極的に実践している企業が多くなっていることが現状です。そうはいっても職業準備性における階層の発達過程は働く上で不可欠ではあるので、社会に参加するまでにできる準備はすべてしておくことが必須になります。働くための準備で身に着けるスキルが必要最低限の社会基盤になると考えるべきでしょう。それでも、どうしてもできないことは「福祉」からの支援を受ける姿勢も大切です。
職場環境が合わず、自分の能力以上の業務を要求される職場だと、苦手さを補うための労力やエネルギーが必要なため、イライラが募りストレスが高くなります。全てのパワーをそこに取られるため疲弊し就労意欲も減退してきます。発達障害がある人たちの場合、先の見通しが付けづらく、優先順位を付けながら計画的に業務を遂行することが困難です。このような状態で非効率に業務を遂行すれば、不注意性からくるケアレスミスが多くなり、周りに迷惑をかけることが多くなります。発達障害の人たちは自尊感情が低いので、周りに相談したり、教えを乞うたりすることができない人も少なくありません。そうなると悪循環になり自己肯定感はますます下がってしまいます。
障害者雇用の場合は自ら合理的な配慮を求めれば、本人やチームのメンバーと話し合いながらできる限り職場の環境を改善し、負担が少なく業務が取り組めるように協力を得ることが義務とされています。このような環境であれば苦手なことに苦心することなく、自分の得意な能力を生かしながら会社に貢献できるのです。それはやりがいに繋がり、自己肯定感を高めてくれるでしょう。できることが多くなれば業務の範囲も広がり、更なる仕事のステップアップに繋がります。このことは働くことを通して会社を構成する一員として成長して、それによって人生の質を良くしようとするリハビリテーション学の考え方であり、働く場が個人の能力を出現させ自分らしく生きる生き方につながるライフキャリアの考え方なのです。