高等部:高等部通信新学期特別編集号 学園長ブログ~可能性のとびら~-3
2024年9月12日
3、学校における職業リハビリテーション及びキャリア教育の考察
松為先生の著書である『キャリア支援に基づく「職業リハビリテーション学」-雇用・就労支援の基盤-』(2024年8月1日初版)のリハビリテーションの項目に教育的リハビリテーションがあります。教育的リハビリテーションは、社会人として生活していくための準備的学習(児童・生徒を対象にした特別支援教育が中心)、成人の障害者に対する職業準備教育と障害理解などを進める心理家族教育、さらに高等教育への支援としています。これらは、自然学園の高等部や大学部の取り組みに直接関係しています。
著書『発達障害と向き合う』で、キャリア教育には狭義として「その人の職業生活における歩み(ワークキャリア)」と、広義として「職業生活を含む、その人の生活および生き方全体の歩み(ライフキャリア)」があり、日本の学校教育においてもキャリア教育として2011年1月、中央教育審議会がまとめた「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育についてのあり方について」が答申されました。そこでのキャリア教育とは「一人ひとりの社会的、職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」と規定しています。
キャリア教育の課題として「人間関係形成・社会形成能力」(コミュニケーション能力)、「自己理解、自己管理」(自分を知る)、「課題対応能力」(将来の設計能力)、「キャリアプランニング能力」(情報活用能力)の4つの課題を掲げています。
「人間関係形成・社会形成能力」(コミュニケーション能力)は、社会参加に不可欠になるコミュニケーション能力の育成であり、最近特に企業の人事担当者から耳にするようになったグループワークにおけるリーダーとしての資質に直結する能力ではないかと考えています。著書では高等学校で教えるキャリア教育のコミュニケーション能力を育成する課題として「リーダー・フォローワーシップを発揮して、相手の能力を引き出し、チームワークを高める。」と言う項目があります。そしてそれにつながるキャリア教育として小学生では「挨拶や返事をする」「友だちと仲良く遊び、助け合う」「友だちのいいところ認め励ましあう」「自分の意見や気持ちをわかりやすく表現する」「自分と異なる意見も理解する」「異なる年齢集団の活動で役割と責任を果たそうとする」などが提示されています。中学生では「新しい環境や人間関係に適応する」「自分の言葉が相手や他者の及ぼす影響がわかる」「人間関係の大切さを理解してコミュニケーションスキルの基礎を習得する」と言ったキャリア教育の課題が提示されています。
特別支援教育を必要としている発達障害傾向の子どもたちの中には、自閉症傾向の特色として考えられる人との関わりや集団で生活する上でのルール理解や社会性でのつまずき、コミュニケーション障害などがあり、幼い時から目線が合わない、人に話しかけられない、挨拶ができない等のつまずきがあり、今で言うところの「ぼっち」で学校生活を過ごしてきた子どもたちが多数います。それ以外にも、一方的で自分の意見だけを押しつけたり、主張したりする傾向がある子どもたちがいます。ましてや「心の理論」と言われる、人の気持ちが理解しづらい特性や、ADHD(注意欠如多動症)傾向の特性がある子どもたちの中には、積極奇異型と呼ばれるような他者との関わりは積極的であるが適切な距離感が取りづらく、衝動性の強さから暴言や暴力でトラブルが起きやすい子どもたちもいるのです。そうであると、先述したような能力は集団の中で育まれるキャリア教育だと思うので、不登校を経験したことがあるような、通常級では適応しにくい子どもたちはとてもハードルが高い課題ではないかと思います。だからこそ、幼い頃からの支援が必要なのです。
自然学園の高等部を卒業して社会人として企業に勤めている人たちからは「職場以外の共通の趣味や話題を共有することが苦手で職場以外での付き合いを極力避けるようにしている。」「グループ内の社員や上司との連携、社内における自分の担当部署の業務の役割、個人として部署への貢献における役割の理解と自己啓発における実践に苦労している。」「会社から、グループにリーダーとして将来的に会社の売り上げに貢献して欲しいとの意向を受けたが、自分はその役割に適切かどうか悩んでいる。』などの話を聞いたことがあります。現在企業就労で悩んでいる人たちを代表する意見の一つではないかと思います。
「自己理解、自己管理」(自分を知る)は、企業の説明会で必ず話が出ます。障害がある職員に求めている採用の基準として「自己理解」「セルフコントロール」を掲げている企業が多いと思います。具体的には自分の障害を理解して合理的配慮を求める能力であり、自己の障害からくる身体的な不調、その日の調子の悪さに対して、服薬や休憩などを自分の判断で行いながら自分で体調をコントロールできる能力を指しています。高等学校のキャリア教育では「自己の職業的な能力や適性を理解し、それを受け入れて伸ばそうとする」などの課題が掲げられていますが、中学校での「自分の長所や欠点に気づいて自分らしさを発見する」「自分の良さや個性がわかり、他者の良さや感情を理解し尊重する」などの課題にあるようなことは、発達障害傾向の子どもたちの「自己肯定感が低いのに自己評価が高い」「自分の過ちを素直に認められない、謝罪ができない」「自分は特別な存在であり他の人より能力が高いとの自負が強い」「自分のことは気づかず他者の欠点をあげつらい批判する」と言った共通する特徴があるとなかなか定着させづらい課題であると考えます。手帳を取得することは自己理解の一歩ではありますが、本人への障害の告知が避けて通れないことであり、その時期をいつにするか、その時に家庭での本人への寄り添い方やフォローがこの課題の達成には重要な役割を果たすでしょう。
課題対応能力(将来の設計能力)では、高等学校におけるキャリア教育では「職業についての総合的で現実的な理解に基づいて将来を設計し、進路計画を立案する」との課題があります。これは、自ら考え、自分の障害も踏まえ、職場における適性や業務における適性を考慮し職業選択を自己決定できる能力であり、自分の将来を設計できる能力を指していると思います。発達障害傾向の子どもたちは、小学生の時から「作業の準備や片付けをする」「自分のことは自分で行う」ことがその特性上苦手であり、先の見通しが立てられず、どのように実施していいか分からない子どもが多いのです。保護者が無理やり強いても逃げてしまい自らやらず、親頼りにしている子どもたちがいます。そのことが習慣づいてしまうと「自分の仕事に対して責任を感じて最後までやり通そうとする」などのキャリア教育上の小学校の課題が身に付かず、そのまま成長してきた人たちは少なくないのです。保護者も子どもたちがやらなければいけないことをやってあげてしまう傾向があるので自己決定力が育たないのです。このような子どもたちは「働くこと」「なぜ働くか」などの意識が薄く就労も親任せである傾向があります。この課題は学校でキャリア教育だけではなく家庭教育が大きく影響します。自己決定力の育成がこの課題の達成に直結する能力になるでしょう。
キャリアプランニング能力(情報活用能力)の課題として高校生におけるキャリア教育のプログラムでは「将来設計に基づいて、今取り組むべき学習や活動を理解する」「多様な職業生活観・勤労観を理解し、職業・勤労に対する理解・認識を求める」「職業生活における権利・義務や責任及び職業に就く手続き・方法などがわかる」の項目が記されています。特別支援教育を必要としている子どもたちは幼い頃から療育手帳を取得している子どもたちか、発達障害者支援法での精神障害者保健福祉手帳が取得できる子どもたちです。手帳を取得できる子どもたちは障害者就労でキャリアがスタートできるので、社会保障制度を理解した上で日本の申請主義に応じた手続きを自ら申請するための知識や認識が必要になります。その上で将来設計を自ら考えられる社会人基礎力を養うことが、学校におけるキャリア教育の目的だと思います。そして就労した際も、企業で有給などの申請や自ら給料の管理や障害者年金の管理を遂行できる能力が社会で生きるためには必要とされてきます。この課題の達成には本当の意味での自立心を幼い時から育ませるような家庭教育が大きく影響するように思います。
最近、特別支援学校などでよく耳にするようになったデュアルシステムは、企業の体験就労でうまくできなかった業務を学校で学び直し、企業での業務に反映させるというものです。そこで育まれる能力が、企業が求める業務遂行力、つまり即戦力になるようにと、新たな職業教育の推進に向けた取り組みですが、働くことのスキルは、業務遂行力より職場での適応力が重要になると考えます。働くための基礎的な土台としては、今までお話ししてきた松為先生が掲げる4つの課題が基盤になるように思います。その土台作りには、幼い時からの家庭教育や小学校からはじまるキャリア教育が子どもたちにとって大きな役割を担うことになるでしょう。