[高等部通信1月新年特別号]学園長より~可能性の扉~5-1

2020年2月10日

5、発達障害がある生徒の勉強のつまずきについて
 (1)ワーキングメモリについて
3学期になるとすぐに高等部3年生は1月20日から、高等部1年生、2年生は2月3日から後期学力考査が始まります。高等学校の場合はこの試験の結果が単位認定試験になり、卒業、進級が決定する評価の基礎点として加算されます。高等部の生徒の皆さんは、勉強が苦手な生徒が多いと思います。テストに対するアレルギーがある人も少なくありません。学力不振が学校を嫌いになるきっかけになったり、自己肯定感が低くなるきっかけになったりした人もいるでしょう。また不登校につながった人もいるでしょう。

学習のつまずきは、読む、書く、聞くなど、情報を処理する認知の偏りに起因しています。とは言っても、視覚的な機能や聴覚的な機能が弱いことではありません。一般の人には気付くことができない、人には見えないつまずきが起因しているのです。読むことに苦手さがある、書くことの苦手さがある人は、宿題などは到底できないでしょう。「読む・書く」に苦手さがある人は、問題文や文章などを読んで、設問に応じた答えを解答欄に筆記することは困難を極める行為であり、課題とされる項目が「わかる、わからない」、「理解できる、できない」以前の問題です。中学生が、学力考査の前に提出を義務づけられている教科書ワークは、たとえ答えを写すだけだとしても、解答を書き写すだけで他の勉強は手につかない人が多いと思います。
このような人の場合、ワーキングメモリに原因があることが考えられ、ワーキングメモリとは、情報を一時的に記憶・処理する能力であり、そのために必要な頭の中のメモ帳の役割をしている機能です。たとえば授業で、先生が黒板を使って説明を行う際も、その文字を自分のノートを書き写すには、一度頭の中のメモ帳に、板書にある文字や記号を記録して、ノートにその文字や記号を書き写します。その際の頭の中のメモ帳がワーキングメモリなのです。足し算や引き算など計算の際には、数字を一度頭の中のメモ帳に記憶させ、計算のルール・手順にもとづいて解法し、処理されたその数字を答えとして解答欄に記入するのです。文章読解も前に書いてある事柄や登場人物の行動や発言した言葉の記憶がないと文章が先にすすんだ時に、書かれている内容を理解することができなくなります。その際も前に書かれている文章の事柄を一度頭の中のメモ帳に残し、登場人物の行動や発言を時間軸に沿って処理するワーキングメモリが不可欠です。

このことからもわかるとおり、一人ひとりの感覚的な偏りや情報を処理する認知力の凸凹を把握できれば、どのような覚え方なら記憶し処理しやすいのか、どのような課題を提示したら課題に取り組みやすくなるのか、どのように問題や課題のプリントを工夫したら解答欄に答えが書きやすくなるのかなどを考えて、課題や問題に取り組めるようになることは不可能なことではありません。

視覚、聴覚、いわゆる目や耳などの五感から入っていく情報がほんの数秒間だけ記憶として保持されます。このような記憶はすぐ消去されてしまいます。このような記憶が感覚記憶と言われています。この感覚記憶のなかで興味や関心があることや自分の中で意味のあることだと選択された記憶が短期記憶として残ります。感覚記憶よりも少し長い数秒間から数分程度保持される記憶が短期記憶です。短期記憶を「長期記憶」にする過程があります。長期記憶へとつなげるためには反復学習が必要です。勉強で学んだことを何度も繰り返し、復習するわけです。短期貯蔵庫に一時保存された情報を繰り返し復唱して記憶を強化する過程がこれにあたります。

これに相当する心理学用語に、「リハーサル」という言葉が用いられます。リハーサルとは、『短期記憶の忘却を防いだり、長期記憶に転送したりするために、記憶するべきことを何度も唱えること』とされています。

短期記憶の貯蔵庫で、頭の中で情報を復唱する「リハーサル」を繰り返し行っていると、その中の幾つかの情報が長期記憶の貯蔵庫へと転送されていきます。リハーサルの回数が多いもの、選択的注意の程度が大きいもの(印象が強烈なもの)ほど、重要なものとして  短期記憶から長期記憶へと定着する可能性が高くなります。
記憶や空間学習に関わる脳の器官である海馬に情報が転送されます。そこでの短期記憶は、諸説ありますが1ヶ月程度保持されるようです。海馬にある記憶は1か月以内に消える危険のある、不安定な状態の記憶です。その間に「生きていく上で必要な情報か否か」という視点から審査を受け、必要と認識された重要情報のみが側頭葉を始めとした大脳皮質へ情報が送られ、本物の記憶(長期記憶)へと移行するようです。

一方、子供たちにとってテスト勉強などの情報は、生命の保存という観点からはなかなか重要という認識を持ちづらいものです。勉強で得られるような印象が薄い知識を定着させるのは容易ではなく、何度も何度も反復して海馬に情報を送り、生存上必要と思わせない限り、情報は長期記憶に移行されず、忘れ去られてしまうことになります。試験の勉強方法においては、最低でも海馬の段階をクリアして、側頭葉などの大脳皮質に保管しなければ本物になりません。試験に出る漢字が頭に入らない、英単語が覚えられない、と悩んでいるという人は、1か月以内に繰り返さないことが原因です。最初の1か月で何度も繰り返し復習していくことによって、長く忘れない本物の記憶にできるのです。
 
ワーキングメモリに起因した短期記憶や処理は、言語的短期記憶と言語性ワーキングメモリそして視空間的短期記憶と視空間性ワーキングメモリと言う4つの側面の記憶と操作の特徴があるそうです。数、単語、文章と言った音声などの情報を取り扱う言語の領域のワーキングメモリは2つに分かれます。言語的短期記憶とよばれるものは言語の記憶のみ、言語性ワーキングメモリとよばれるものは、記憶と処理に該当するそうです。一方で、イメージ、絵、位置などの情報を取り扱う視空間の領域は2つに分かれます。視空間的短期記憶とよばれるものは記憶を、視空間性ワーキングメモリとよばれるものは記憶と処理に該当するそうです。具体的に言うと言語的短期記憶は、保護者や先生などの口頭などでの指示が入り、行動として実践できる能力に直結しており、言語性ワーキングメモリは、作文や日記などを書くときに、記憶したことを思い出して文章にまとめたり、要点を整理したりする力に直結します。また視空間的短期記憶は黒板の字をノートに書き写すときの字の形など位置情報の短期記憶の弱さが何度も板書の文字を確認してもうまく行や枠に収まらず、スムーズに書き写せない困難さに直結します。視空間性ワーキングメモリは、図形の展開図など平面図を記憶して立体として想像する、記憶と処理の力が弱いことから生じる困難さです。このように勉強でも日常生活においても学校生活においてもワーキンングメモリは露骨に関係しています。このことは広島大学の教育学の教授である湯澤正通先生の著者にも記されていて私は勉強会で直接学びました。

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